2007年10月27日

変化するとき

こんにちわ♪

占星術の返信ですが、まだあと半分ぐらいは残ってます。
来週末ぐらいまでには全部終えたいなと思います。
もう少しお待ちくださいね。

庭先の日記や返信は、じつは毎日ちょっとずつテキストファイルに書きためられ、週末にまとめてアップされている感じなのです。

庭先に書きたいことが一ヶ月に10有るとして、実際に書けるのは2といった所です。
私は一生やる事には事欠かない人生を送れるかもです♪


平日の夜中に霊能者が2人訪ねてきました。
どちらも体を持たない状態でした。
私はその2人がいかなる者なのかを視ようとしました。

一人は体がグニャグニャ歪んでいて、この方は終始、自分がいかに凄い霊能者なのかを喋っていました。

もう一人の方は純粋な目を持ちながらも、口が大きく変形してまともに開けない醜い口をしていました。

そのアストラル体と行いが実体を映し出しています。

私はしばらくその方々の話を聞いて観察していました。

このような事は良くあります。

私自身の霊体も、体を抜け出しては誰かに会ったり、ヒーリングしたり、霊的な事を教えたり指導してたりする時があります。

これらのことを夢やビジョンで記憶している人もたまに居ます。
でも不思議なことに、私の霊体の活動を私自身は全て知っているという訳でもないのです。
否定的エネルギーの妨害や、神の慈悲などによってです。

よく私が眠っている間に登場する老齢なマスター達ですが、幾人かは夢の象徴です。でも幾人かはまだこの世界に生きて実在するマスターなのだと知りました。

本物が表に出てこないのは、表に出る必要が無いのだなと思います。

なぜなら、例えば私にしても、現実ではいちども会ったことのないそのマスター達から好意で教えを頂くことが出来るからです。
 
いずれこのあたりの事も色々書きたいなと思います。


さてさて、今日のテーマは 変化するとき です♪

慎み深く穏やかに生きている人は変化から遠ざかるのか?

今目の前にある辛く苦しい環境はいつどのように変化するのか?

いかにして変化は訪れるのか?

ちょっと書いてみたいと思います。

長いです(笑)


○変化するとき

ありのままをで居られること、あるがままを受け入れること、足りることを知る、あるものを活用する。

もし全ての人間がこのようであれば、世界はとても穏やかなものとなるでしょう

有る意味、地味で、穏やかで、ぼけーっとした人間像です。
でも平和な人間像とも言えます。

実はこれと同じようなことを100年以上も前に生まれた日本人が口にしています。

宮沢賢治

雨にも負けず です。

その最後の部分に、深い霊的考察が存在します。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしは

なりたい

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

なぜ 「でくのぼー」なのでしょうか?
優れた人間になりたがらず、何故「でくのぼー」の成りたいのでしょうか?

才能 地位 富 名誉 人の欲望の行き着く先、あらゆるものが他人からの嫉妬やねたみなどの否定心を受けるからです。

この誌の根幹には、あらゆる欲さえ捨て去りたいという、心の浄化への願いが込められています。

自分が否定心を持たないだけでなく、人に否定心をもたれないような人間像が、この「でくのぼー」という言葉に映し出されています。

雨にも負けずを書いた宮沢賢治自身は、でくのぼーなどではなく、高い知性と霊的な洞察力を兼ね備えた人物でした。

無意識な「でくのぼー」ではなく、自由意志の選択による
「でくのぼー」と言えるかもしれません。

雨にも負けずの中に出てくる「でくのぼー」は
奉仕の心にあふれた優しい「でくのぼー」です。


最近の私の日記に書かれている、ありのまま、あるがまま、足ることを知る、あるものを活用する。

こういった事を生活に取り入れていくと、消極的、あるいは受動的で変化のあまりない状態が思い浮かぶかもしれません。

一見地味で停滞している現状と思えるかもしれません。

でも最初はそれで良いのです。

スピリチュアルな思想の中には、成功哲学のようなものや、願望実現、自分を変える瞑想 といったものなど、お金や力など欲に関わるものもたくさん存在します。みるみる変わる!5分でできる!そんな本腐るほどあります。
しかし、多くの人は、これらの事に取り組んでもすぐには自分を変えられません。
変わったという人の多くも、実はそう思い込もうとしているだけで、実際にはたいして変わってもいません(笑)
これらの事を本にしている人たちも、本質をちゃんと理解していません。
つまり、本当はいかなる理由で自分が変化していったのが正確には理解できていないのです。
故に、本を書いている人たちや、本を見て運良く変化できた人たちは、変化できない人たちを気持ちが足りない、行動が足りないと安易に結論づけています。それは事実の半分しかとらえていません。


私達が変化するとき、それは果たしてどのような時なのでしょう?


断言出来ます。


良くも悪くも現状を活用し尽くした時です。

良くも悪くも今の現状とその環境から学ぶべき事を学んだときです。


すると、活用しつくされ、学ぶべき事の無いその環境から新しい環境へと自然に変化します。

嫌でも変わってしまいます。変わりたくなくても変化します。

なぜならばそれは自己の魂と神の間で取り決めらる次のプランへの変化だからです。

この時の変化は穏やかに訪れる場合もありますし、まるで津波のように訪れる場合もあります。

この変化は感情や気持ちの持ち方、思いこみなどから来る表面的な変化などと違い、本当の変化、本質自身の変化と言えるような変化です。

変わるのは環境であるかもしれませんし、自分自身の変化、すなわち才能の開花のようなものかもしれません。
 
あらゆる変化の可能性が考えられます。


現状をどのように活用したか。



否定的にか。


人間の欲望に従ってか。


願いを持ってか。


光と喜びで満たすようにか。



変化を生み出すのも変化に備えるのも私達自身です。

次の環境をより良い素晴らしいものにするために、例え今、辛く苦しい環境にあったとしても、今を光と喜びで満たしましょう。

そうしたら満たしたその光と喜びにふさわしい状況が、環境が、自ずと訪れます。嫌でもそうなります。 変わりたくなくてもそうなります。

想念は物質化しますし、思考は現実化します。

私はこの事を語るとき、多くの場合、マザーテレサを引き合いに出します。

スラムの貧しい人たちの中に飛び出した彼女は、言うならば、その愛以外には取り柄のない、心優しい「でくのぼー」のようであったかもしれません。

奉仕という活動で目の前に次々与えられる状況を、環境を、光と喜びに満たし続けていった結果、彼女の仕事と環境はどのように変化していったでしょうか。
彼女は大事業を成し遂げたかった訳ではありません。
日々を愛に従って生きただけです、そしたら天から沢山のたまものが与えられたのです。

「神の国と正義を求めなさい。そうすればその他もおのずと与えられる。」

キリストの言葉です。


素晴らしい行いは素晴らしい変化を生み出します。

我々は今あるものを活用して、次に必要なものが与えられるのです。

そして、今あるものをどのように使うかで、次に与えられるものが決まります。

変化するには時間がかかるでしょうか?

時間がかかる場合もあるし、あっという間に変化してしまうときもある。

たった一つの気づきが人生すらも変えてしまうような変化をおこさせる場合さえあります。

実は必ず熟して落ちる日が来ます。

良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。

キリストは十字架を背負い、傷を負い、丘を登るその時でさえも微笑んでいました。

目の前の課題から逃げるのではなく、喜びを持って取り組みましょう♪

やがて来る変化の時の為に、今この時を光と喜びで満たしましょう♪

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posted by ☆ウリエル☆ at 15:31| Comment(18) | TrackBack(0) | 具現化・実現

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